橘崑崙『北越奇談』巻之四「怪談其三」より

小娘の怪

 寛政某年の出来事である。
 越後の国、中蒲原郡大田村の百姓の子で、十二、三になる小娘が、燕町の祭礼見物に行った。
 数人で出かけたのだが、群衆の中ではぐれてしまい、一人になって連れの者を捜し歩いているうち、いつのまにか顔の赤い僧が傍らに来て、一緒に祭を見物した。
 小娘が『おなかがすいたなぁ』と思うと、僧はただちに察知して茶店に入り、好きなものを食べさせた。
 やがて茶店を出て、また町を歩いたが、小娘が欲しいと思うものなら、櫛・かんざしであれ食物であれ、僧は何でもみんな取って与えた。いっこうに代金は払わないのに、売る人に咎められることもなく、小娘は多くのものを得て家に帰った。
 その日以来、小娘の思いどおりにならないことはなかった。
 座ったままで遠くのものを取ろうと思えば、そのものが目の前まで飛んでくる。家人が見て怪しみ、小娘を問い詰めると、にわかに家ごと鳴動し、もろもろの器物が勝手に飛び回って、収拾がつかない状態になった。食事時には鍋釜などが梁の上に飛び上がるなど、手の施しようがない。
 しかたなく皆で小娘を礼拝し、詫びたところ、混乱は収まり、鍋釜も梁から下りてきた。
 近村の者はこぞって小娘の様子を見物にやってきたが、ついうっかり「けしからん!」などと非難する者があると、鍬・鎌・棒がひとりでに飛んで、その者を打ち叩いた。
 しかし、この甚だしい怪事も、およそ一月あまりで、いつとはなく収まった。

 同じ年の秋のことだ。
 村松山北河谷村の百姓が子守に雇っていた近村の小娘が、ある日、ほかの娘たちと連れ立って村はずれの茶屋へ行った。
 おのおの柿を買い求めて食べたのだが、その小娘だけは柿を買う銭がなく、ひとり仲間を羨んでいた。
 そこへ突然、白衣を着て顔の真っ赤な老猿のごとき僧が現れて、
「おまえに、柿をやろうか」と声をかけた。
 小娘は喜んだ。たちまち店の柿が四つ五つ、みずから飛んできて小娘の着物のたもとに入ったのである。他の娘は、それにまったく気づかなかった。
 それから雇家に帰ると、何であれ欲しいと思うものが、みな飛んできて小娘のふところへ入った。
 主人は大いに怪しんで、親元へ帰そうとしたところ、家財道具がいっせいに飛んだ。それぞれ勝手に飛び回るので、危なくて家の内にいることができない。小娘に礼拝して上座に座らせると、道具の乱舞は収まった。
 話を村長が聞きつけて、その家へ行った。小娘が上座にいるのを「もってのほかだ」と叱り、怪を罵っていると、庭にあった鍬が一丁、宙を飛んで村長の顔面を襲った。驚いて逃げ出したところへ、盥(たらい)が一つ飛んできて、頭にかぶさった。
 これによって村じゅう大騒ぎとなり、見物人がひしめいた。翌日には領主に訴え出たので、下役人が二名、検分に来た。
 役人がその家へ行き、上座に就いて小娘を尋問したところ、勝手口から斧が一丁飛び込んで、役人の鼻の頭をかすって落ちた。
 これではどうしようもないと、ただ見守っているうち、数日にして怪異は止んだ。結局いかなるもののなせるわざか、分からないままである。
あやしい古典文学 No.887