森田盛昌『続咄随筆』上「つくもむしの怪」より

地虫の怪

 越後の葛塚は、七十年前に沼と草原の続く一帯を開発して、今では家並み数百軒、豊かな田畑のひろがる土地である。
 そこに辻番太郎という、娘と二人暮らしの男がいて、毎日、昼は百姓仕事、夜は町の辻番に出て、貧しい暮らしを立てていた。

 ある日、太郎が畑へ行って、湿地の草原を耕していると、深いところに穴があって、何かよく分からないものが丸まっているようだった。
 さらに深く掘ると、大きさが弓張提灯ほどもある地虫が転げ出た。
 太郎は鎌で地虫の頭に斬りつけたが、硬いこと鉄のごとくで、傷ひとつつかない。そこで、吸っていた煙草の吸殻を、丸くなっている腹のほうに落としてみると、虫は縮こまっていっそう丸くなった。さらに吸殻を数十、続けざまに落としたところ、とうとう虫は焼け死んでしまった。

 さて、その夜も太郎は町の辻番に出て、娘が一人、ぼろ家で寝ていた。
 その枕もとへ忽然と、犬くらいの大きさのものが現れて、丸くわだかまったまま動かなかった。娘が驚いて起き上がると、何もいない。眠ろうとして横になると、やっぱり枕もとにいる。
 恐くて家にいられないから、番小屋へ出かけて父親に知らせたが、太郎は娘を叱って帰らせた。しかたなく戻って横になると、またそこに丸いものがいるのだった。

 その後、化物が来て驚かすことが数日続き、ついに娘は奇病を発した。
 さすがにただことではないと、僧を頼んで法華経を読誦し、やっとこの怪は止んだ。
 取るに足らない裸虫とはいっても、数百歳を経て巨大化したものは、死気がこのような妖変をなすのである。
あやしい古典文学 No.894