林羅山『怪談録』下「真〃」より

真々

 中国の唐の時代に、趙顔という人が、ある画工から一枚の屏風を買った。
 そこに描かれた女があまりに美しかったので、
「現実の世に、こんな美人はいない。もしこの絵の女が生きた人になったら、ぜひ我が妻にしたいものだ」
と感嘆すると、画工はこう言ったのだ。
「私の描く絵は、不思議な力を秘めています。この女の名は真々というのですが、あなたがその名を百日間、昼夜を通して呼び続けたら、答える声があるでしょう。その時に、百の家の色衣を燃やした灰を混ぜた酒を絵に注げば、きっと生身の女となって現れます」

 趙顔は屏風を家に持ち帰り、昼も夜も絶えず真々の名を呼んで、ついに百日目、「はい」という小さな返事が聞こえた。
 急いで用意しておいた酒を注ぐと、真々は生きた女になって屏風から歩み出て、ものを言い、笑い、普通の人と同じように飲食した。
「あなたが心を込めて名前を呼んでくださるから、こうして形を現しました。あなたの妻になりましょう」
 真々の言葉に趙顔が大喜びしたのは、いうまでもない。それから一年あまりして、真々との間に一人の子も産まれた。

 しかし、子どもが二歳になる時、ある友人が趙顔に忠告した。
「君の妻は恐ろしい魔物だ。いつか必ずや君の災いとなるだろう。すぐに斬り殺してしまえ。そうするしかない」
 友人は一振りの剣を授けた。
 趙顔が剣を家に持ち帰ったのを見て、真々はすべてを悟って泣いた。
「わたしは南嶽に棲む精霊なのです。たまたま人に描かれて、あなたの想いの深さに惹かれるまま、妻となりましたが、疑われてしまった今、もはやここにとどまることはできません」
 真々は我が子を抱き、屏風に上ると、以前に飲んだ酒を吐き出した。
 趙顔が驚いて屏風を見ると、もとの真々の傍らに一人の幼子が寄り添って、みな絵となっていた。

 これは『聞奇録』という書物にある話である。
あやしい古典文学 No.899