浅井了意『新語園』巻之一「乳汁出テ姪ヲ育フ 唐書」より

やさしい叔父が乳を出す

 唐の元徳秀は、若い時分たいそう貧乏だった。
 あるとき兄が急死し、続いて兄嫁も初めての子を産みおとして一月後に死んで、徳秀のもとには、乳を与えてくれる母を亡くした嬰児の姪が残された。
 貧しい叔父は姪をどうしてやることもできず、ただ抱きかかえて哀しむばかり。「せめて泣きやめ」と、わが乳首を含ませた。
 そんなことを十日ばかり繰り返すうちに、あら不思議、両の乳房から乳汁が流れ出て、赤子の飢えを救った。
 「元徳秀のやさしい気持ちに、天が感じ地が応じて、男の乳房から母乳を湧き出させたのだ」と、人はみな心を打たれたのだった。

 その後、姪は健やかに成長した。
 徳秀は魯山という土地の代官になった。不正のない行き届いた政治を行って、村々はその恵みを十分に受けた。民衆はそれを歌にして、徳秀を称えたという。
あやしい古典文学 No.900