森春樹『蓬生談』巻之三「河伯と心易く成し人の事」より

運命論者

 筑後吉井宿のあたりの百姓が、いつとなく河童と親しくなって、折にふれて河童に会いに行き、河童もまた会いに出てきた。
 時には魚などを手土産に持って来るので、返礼に団子餅など有り合わせのものを持たせていたのだが、あるとき、近所の法事の配り物で貰った餅を渡したところ、河童はひどく悲しそうな顔をした。
「君、急にどうしたんだ。わけを話してくれ」
「うん、これはまさしく、仏事の餅だね。だからぼくは悲しいんだ」
「仏事の餅が悲しいとは、それはまたなぜだ」
 重ねて問われて、河童ははらはらと落涙した。
「貴公とのつきあいも、今日限りとなった。ぼくら河童は、仏事の物を食えば命がない。今日これを食って、今日命を終わるのが、ぼくの運命なのだ」
「そうか、知らなかった。すまない。死ぬと分かっていて食べるなんて、ばかなことはしないでくれ。悪かった。この餅は持って帰るよ」
「いや、それにはおよばない。せっかく親切に持ってきてくれたものを突っ返すなどという、不義理なまねはできない」
 百姓はあれこれと説得したが、河童はどうしても餅を返さなかった。

 百姓が再び河童に会うことはなかった。河童は、彼の言葉どおり、その日に餅を食って死んだのだろう。
 なお、両者が会っていたのは、いつも木陰、河原の草陰のようなところだったそうだ。
あやしい古典文学 No.901