進藤寿伯『近世風聞・耳の垢』より

かわねこり

 嘉永七年五月初旬、安芸宮島の町に毎夜、「かわねこり」というものが出た。
 かわねこりは、真夜中二時から四時の間に町中を鳴いて通る。その鳴き声は、
「ああああーっ」
と、人の叫びに似ている。
 まったく獣であって、鳥ではなさそうだった。鹿だとか猿だとかいう説もあるが、形を見た人はいない。

 これは、五月十二日の夜、宮島の大黒屋伊兵衛という者から直接聞いた話である。
あやしい古典文学 No.904