湯浅常山『常山紀談』巻之二「信長上京の事」より

信長激怒

 織田信長は、桶狭間で今川義元を討ち取って後、ひそかに侍七八人を連れて京都へ上り、都の情勢を見てまわった。
 それから三好長慶を居城の高屋城に訪ね、
「信長の尾張の領地を進上しましょう。それに見合うだけの所領を畿内にいただけるなら、三好家の先陣をつとめましょうぞ」
と申し出た。
 長慶は承諾しそうになったが、当時まだ三好家の臣であった松永久秀に止められて、結局その話は実現しなかった。

 信長の仇敵 美濃の斎藤義龍は、刺客十二人を堺に向かわせ、この機会に信長を殺害しようと謀った。
 それを知った信長は、ただちに堺へ赴いた。まっすぐ刺客の旅宿に押しかけると、
「義龍の討手だとぉ。憎いやつらでにゃあきゃ。おみゃあら、はしから首を刎ねたるでよ!」
と、刀の柄に手をかけて喚いた。
 この剣幕に怯えて、要領を得ないまま慌てて平伏した刺客たちを、信長はさらに小一時間ほど散々に罵ってから、帰っていった。
あやしい古典文学 No.908