浅井了意『新語園』巻之五「奴官冢 広異記」より

アヒルが出る墓

 中国・後漢の時代、ある県に、「奴官の塚」と呼ばれる墳墓があった。
 近くの村人が、塚の周囲に田を作った。
 しかし、毎年秋、そろそろ刈り入れというころになると、一夜のうちに稲穂がことごとく盗み取られた。数ヶ月来の辛苦が一晩で徒労と帰し、何一つとして収穫はなかった。
 困り果てた村人は、なんとか盗人を捕らえようと思った。
 収穫の時節の夜、ひそかに田に潜んで見張っていると、四羽の巨大なアヒルが奴官の塚から現れて、稲穂を食いはじめた。
 村人たちが追い払うと、アヒルはみな、塚の中へ逃げ込んだ。

 奴官の塚は、宝物があると古くから言い伝えられている場所だ。この機会に入ってみようと、村中の人を語らって塚の入口を開いた。
 例のアヒルは入口近くにいて、侵入者に攻撃を加えた。翼で叩く力はたいそう強かったが、村人らが棒をふるって撃つと、みな倒れて動かなくなった。見ると、それは銅で造ったアヒルであった。
 墓道をやや深く入ると、宝剣が二本かかっていた。ほかに、何というものか分からない器物がたくさんあった。さらに進むと大蔵があり、中は深く水がたまっていた。
 蔵の門のところで、紫衣を着て宝冠を戴き、玉の履をはいた者が立ちはだかって、村人たちと戦った。
 次々に進み出てくる人々と撃ち合って、紫衣の者は形勢不利と思ったか、村人を突きのけて塚から出て、県の都まで走った。
「今、大勢の盗賊が来た。わが墓をあばき、略奪している。助けてくれ」
 街中で大声で叫んだので、家々から人が次々に出てきた。
「君の墓とは、どこのことだ」
「ほかでもない奴官の塚だよ。みんな、早く捕まえてくれ」

 報告を聞いた県令が、村長に命じて捕り手を集め、奴官の塚に侵入した者をことごとく捕らえたが、みな近くの村人で、取り調べに対し、
「毎年、作った稲をみな食われて、年貢も納められず困窮しております。すべて塚のアヒルのせいだったのです。宝物を盗む目的で塚に入ったのではありません」
と申し立てて、罪を許された。
 奴官の塚は修復され、その後は何の怪事もなかった。
あやしい古典文学 No.910