森春樹『蓬生談』巻之五「所々船幽霊の事」より

船幽霊の説

 世に「船幽霊」の怪事は数多い。
 筆者はいまだ見たことがないが、筑前秋月の桃華老人から、老人が実際に見た話を聞いた。
「私が糟屋郡宮浦へ遊びに行ったときのことだ。夏の初めの時分で、夕暮れに浜へ涼みに出ると、ちょうど沖の方から大船が入ってきた。土地の者たちは口々に船の名を呼び、『なんとか丸が戻った』と喜んで、大勢が浜に集まった。船はしだいに近づいて、帆印がくっきりと見え、さらに乗り組みの船人の姿も見分けられるところまで来たとき、船中の一同が『わぁっ!』と一声叫んで、船ごと一瞬に消え失せた。
 これを見て、乗り組んだ者の妻子をはじめとするその場の人々は皆、『どこぞで難破したにちがいない』と言って泣き嘆いた。そして後日、一緒に航海した仲間の船から、『何月何日の夜明け方、遠州灘にて難船し、船頭以下残らず死亡した。』との知らせが届いたのだよ。私は一部始終を眼前に見たのだが、それでも納得できないのは、人の幽霊はあるだろうけど、船本体まで幽霊になって出ることだ。」
 これを聞いて筆者も、はじめて船幽霊というものに不審の気持ちをいだいた。

 また、中津の下小路浦に紙屋五兵衛という船頭がいて、よく筆者の家へ来て泊まっていく。その五兵衛が語った。
「夜分に豊前の蓑島の海岸を航行中、船が座礁したため、積荷の米俵を干潟に積んで見張りをし、夜の明けるのを待っておりました。そこへどこからともなく、盗人のような者が続々と来るのです。わしらはそれを追い払い追い払いして、皆が朝まで一睡もできませんでした。
 土地の人にこの話をすると、『いや、それは盗人ではない。昔からここで難船した者たちの幽霊だ。』と……。言われてみれば、わずか数歩向こうへ逃げただけで、その者の足音が消えてしまったのですから、幽霊にちがいありません。船の上の幽霊は何度となく見たことがあります。でも、干潟で見たのはあれが初めてです。」
 これを聞いて思い当たったのは、金山に出る鉱夫の幽霊である。
 坑道の奥の暗いところで岩を砕き土を出しているとき、傍らで同じようにつるはしを持って働く者の姿があるが、岩を打つ音はまったくしない。それは、以前に同じ坑道で落盤にあって圧死した者の幽霊なのだという。
 つまり、船人の幽霊も坑道の幽霊も、死ぬ直前の仕草をするものなのだろう。五兵衛らが追い払った幽霊たちは、船荷を守ろうとしながら死んだ自分の最期の姿をなすべく、闇の中から立ち現れたのではなかろうか。
あやしい古典文学 No.912