浅井了意『新語園』巻之六「無足婦人 玉堂閑話」より

無足婦人

 中国の晋の時代、一人の婦人があった。
 容貌はきわめて気品があって、すこぶるつきの美人だったが、帯より下の肉体がなかった。両足が腿の付根から斬り落としたようになっていた。
 父親が彼女を車に乗せ、長安へとやって来て、市中で物乞いをしたところ、毎日数千人が見物に集まった。
 この婦人は、すばらしい声で歌った。歌はやさしく哀しく人々の心をとらえて、それゆえ彼女は巷でもてはやされ、豪壮な屋敷の奥までも招かれた。高位の人の家であれ大金持ちの家であれ、招かれないところはなかった。人はみな彼女を愛しいたわって、金銀や衣装を惜しみなく施した。

 後年、都の将官などに、北方の敵国から謀反を呼びかける書状を受け取った者が多数あることが発覚した。
 この陰謀を手配したスパイは誰なのか。くわしく探索した結果、やがて、かの無足の婦人こそ張本人だとわかった。彼女は、家々に行っては、密かに説得し、仲間を増やしていたのである。
 こうして陰謀が露見すると、一味徒党はことごとく捕らえられ、処刑された。
あやしい古典文学 No.915