浅井了意『新語園』巻之六「李審言羊ニ変ズ 瀟湘録」より

ひつじ男

 唐の長安に、李審言という者がいた。官に仕えず、百姓として田を耕して暮らしていた。
 あるとき、急に発病して狂人のごとくなり、家に飼っている羊と同じ飼葉桶に頭を突っ込んで物を食った。医者は手を尽くしたが、なんの効き目もなかった。

 その後、審言は急に家を出て、西へ向かった。百里ばかり走ったところで、道端に羊が多く群れている中へ駆け込んだ。
 追ってきた者たちがその場に到ると、審言はたちまち大きな羊に変身した。もはや元からの羊の中にまぎれて、区別がつかなくなった。
 家人らが泣きながら審言を探していると、突然、一頭が口を開いて言葉を発した。
「わしを連れて帰ってもかまわないが、きっと殺さないでくれ。わしは見てのごとく羊となって、幸せこの上ない。この世の何にも比べられない心地よさなのだ」

 結局、家人は羊の審言を引いて帰り、家で飼った。
 羊は長年生きて、安らかに死んだ。
あやしい古典文学 No.916