森春樹『蓬生談』巻之五「生霊に着かれて其人霊の言語立居など似し事」より

先妻の生霊

 筆者の住む町に、大阪の芸妓を妻にした男がいた。
 妻を働かせて暮らしていたが、やがて飽きて、また別の芸妓を妻に娶った。
 ゆえなく離別された元の妻は、深く怨みを抱いてやまず、久しい後、ついに生霊が後妻に取り憑いた。
 以来、後妻はずっと病み煩っている。生霊に憑かれた証拠に、その声も話しぶりも、立ち居振る舞いもすべて、先妻と少しも変わらなくなった。

 その一方で、先妻自身は、ごく普通に存命なのだという。
 多くの場合、生霊となって誰かに取り憑くと、当人は気抜けのようになるのだが、これは例外のようである。
あやしい古典文学 No.920