森春樹『蓬生談』巻之四「幽霊と現人と情を交す事、又、…」より

けなげな幽霊たち

 ある相撲取りの話によれば、大阪で、関取猪名川の妻が死んで、その幽霊が出るそうだ。
 幽霊は毎夜、外から入ってくると、まず小児に添寝して乳を含ませ、その後、関取の布団に入って交合し、それが済むと出ていく。
 この猪名川は、有名な五十年前の猪名川ではなく、名跡を継いだ何代目かの猪名川だという。

 私は、そんな幽霊があるものかと疑ったのだが、『酉陽雑爼』を開くと、中国のこんな話が載っていた。
 荊州の農民の男が、夜道を遠出して、とある一軒家に立ち寄ったところ、そこには女がただ一人、薄暗い灯火の下で針仕事をしていた。
 女は言う。
「あなたを胆のすわった人とお見受けして、お願いを申します。わたしは秦の生まれで、姓は張氏、李自歓という軍人に嫁しました。ところが自歓は遠方へ赴任していつまでも帰らず、わたしは夫を待つ間に病気になって死にました。この土地には親戚もいないため、近隣の人がこの場所に仮埋葬して、はや十二年になります。月日のみが空しく過ぎて、肉も骨もいまだ土に還らず、魂は鬼籍に入れられぬまま茫洋としてさまようばかり。どうか、わたしの遺骸を弔って、安らかに死ねるようはからってください。この願いをかなえてくだされば、それはあなたの陰徳ともなりましょう」
 男が、自分は貧乏で無力だから何もしてやれないと断ると、女はさらに、
「わたしは幽霊ではありますが、ずっと働いてきました。数年来こうして裁縫をして雨衣を仕立て、胡氏の店に納め、受け取った手間賃を十三万銭ほど貯めています。その金を使ってください」と頼むのだった。
 翌朝、男が胡氏の店へ行って確かめたら、たしかに女の言ったとおりだった。胡氏とともに埋葬の場所へ行ってみると、十三万の散銭が見つかった。
 そこで、胡氏や男の友人が銭を足して二十万にし、葬儀を執り行って、遺骸を手厚く改葬した。
 男と胡氏は、その夜、女が礼に来た夢を見た。

 また『世説新語』には、慮己という人について書かれてある。
 慮己の祖先は、崔少府という人の墓に入ってその娘と結婚し、孕ませてのち地上に帰った。するとあるとき、水中から崔少府と娘が車に乗って現れて、男児を渡して消えうせた。男児は成人して科挙に及第し、その孫が慮己なのだ、と。
 これは『探神記』にも出ている。
 ほかに『周記』にも、幽霊と夫婦になった人のことが書かれてある。
 こうしたことから考えると、猪名川のことも、絶対ありえないとは言いがたい。中国の話では、幽霊の産んだ子が現実世界で科挙に受かり、子孫さえ残したというのだから、不思議な上にも不思議である。
あやしい古典文学 No.923