森春樹『蓬生談』巻之四「蜈蚣の玉を弄ぶ事」より

ムカデの玉

 中国の書物に、ムカデは玉を弄ぶものだと書かれている。どうやら本当にそうらしい。
 筆者宅へよく来訪する彦山の穴町の酒造家、枡屋休右衛門が、あるとき体験談を語った。

 休右衛門の店の前は、道を挟んで高い石垣がある。先だっての夜、店先に出ていると、向かいの石垣の隙間からふと光が出て、周囲の四五尺四方を照らした。何だろうと近寄ると、その光は奥へ引っ込んだらしく、すうっと消えた。
 あまりに不思議だったので、寺へ行ったとき話のたねにしたところ、ある僧が言うには、
「それは、蛇かムカデの玉だと思います。石垣に蛇はつきものですからね。ほかに、ムカデはおりませんか」と。
 そういえば以前から、一尺ばかりの大ムカデがいて、おりおり出てくるのを見た。あいつの玉が光ったのだと、休右衛門は言うのである。
あやしい古典文学 No.924