森春樹『蓬生談』巻之五「蛇となりてうなぎのかば焼につきたる事」より

火傷する女

 豊後府内の足軽が、愛人をつくって、昼となく夜となく通った。
 足軽の妻は常々、憤懣やるかたなかったが、ある日、『今日も行きやがった』と腹を立てながら眠って、相手の女の家へ行った夢を見た。
 憎い女は、茶を沸かそうと火を焚いていた。妻がそれをかまどの陰からうかがったら、女はやにわに焼け火箸でもって、妻の額をはっしと打った。
 『あっ、熱い!』と思った瞬間に目が覚めてみると、妻の額は、火箸の跡が火傷となって痛んだ。
 同じとき、愛人の女のほうでは、こんなことがあった。
 女は、妻が夢に見たごとく茶を沸かそうと火を焚いていた。すると、かまどと流しの間から小さい蛇が頭を出して、女の顔を見ては引っ込めるのを繰り返した。そのしつこさにむかついて、焼け火箸で軽く突いたのだった。

 同じく豊後府内で、若侍たちが鰻を獲ってきた。
 屋敷の庭で火鉢に火をおこして焼いていたら、火鉢の下から小さな蛇が頭を出して、覗き見るようにした。何度もそれを繰り返すので、憎らしくなって、火箸で蛇の頭を突いた。
 蛇がのけぞって引っ込むと同時に、
「あっ!」
 女部屋から下女の叫び声がした。
 若侍たちが駆けつけて声をかけたが、下女はうつ伏したまま顔を上げない。何も言わないので、皆そば近くに寄って口々に、
「気分が悪いのか」
「どうした、どうした」
と問いたてると、下女はしかたなく頭を上げて、
「恥ずかしい話だけど、言わないといけませんか。みなさんの蒲焼の匂いを嗅ぎながら木綿車を回すうち、うとうと眠った夢の中で、火鉢のところへ行って鰻の焼けるのを見ていたら、火箸でわたしの顔を突きなさいました。ほら、このとおり」
 こう言って、顔を覆った袖をのけて見せると、ほんとうに鼻の脇から目の間にかけて、火箸による火傷の跡が赤くついていた。
 こちらの話は嫉妬ではなく、蒲焼の匂いにほだされたのだった。
あやしい古典文学 No.928