中村新斎『閑度雑談』中巻より

千本の山伏

 京都の千本あたりに住まいする山伏が、自分のことを占って、わが身の死期を二十日ちょっと前に知った。
「あとわずか二十日の命だ。物を蓄えて何になる。こうなったら、思う存分楽しんで死のう」
 それからというもの、日夜うまい酒を飲み、よい肴を食らい、遊郭へ通い詰め、そのほか娯楽をほしいままにした。
 もちろん金銭は使い果たし、家も持ち物も売り尽くしたが、まもなく死ぬ身であるから、後顧の憂いは一切ない。さらに、親しかろうが親しくなかろうが相手かまわず金銭を借りて、これも綺麗さっぱり使ってしまい、さきに占った死ぬはずの日が来た時には、一銭の金も、一つまみの米もなかった。

 しかし、山伏はその日、全然死ななかった。翌日も健勝であった。食う物がないから腹は減るけれども、二日過ぎ、三日過ぎても、いっこうに死ぬ気配がない。
 もはや一銭も借りるあてはなく、それどころか、先に借りた相手が債鬼となって毎日何人も押しかけてくる。
 命があっても、世を渡る手立ての絶えたどんづまりの窮地に立たされ、山伏はついに、みずから首をくくって死んだ。
あやしい古典文学 No.933