進藤寿伯『近世風聞・耳の垢』より

魚肉の怪

 明和二年、安芸国草津の市で人形芝居を演じた一座が、興行を終えて草津港から船出した。すると、どういうわけが、スズキのような大きな魚が一頭、船に付きまとって離れようとしなかった。
 乗り組みの面々は、その魚を獲ろうと相談して、あり合わせのものでモリを拵え、各自がいろいろ突いてみたところ、豊竹菊之丞という人形遣いが見事に突き留めた。

 さっそく料理したが、切身になっても刺身に刻まれても、魚肉がびくびく動く。
「生きがよすぎるな。酢をかけてみようか」
 それでも、いっこうに蠢動は止らない。みな気味悪がって食いかねていたが、菊之丞だけは違った。
「おれが突き留めた魚だ。料理も出来た。どうでも食ってやる」
 仲間たちは止めた。
「いや、この魚は変だ。絶対に食ってはならん。やめておけ」
 しかし、菊之丞は一人で食って、即死した。
あやしい古典文学 No.934