新井白蛾『牛馬問』巻之二「枕の怪」より

枕の怪

 古物は陰気に感応して怪をなし、人を悩ます。もとより陰性邪悪なもので、気力の乏しい人は、その邪に負けて病気になってしまう。
 これについて、筆者が幼年のとき、吉田某が語った話がある。

 江戸深川三十三間堂近くの久しく住む人のなかった家を、ある医者が借りて移り住んだところ、ほどなく病みついた。
 『ずっと空き家だったと聞くから、その間に滞った陰湿が体に毒なのだろう』と服薬などしたが効き目はなく、後には時々ものに襲われたように怯え苦しみ、鬱々として前後の見境もつかないといった異常な症状に陥るようにさえなった。
 そんななか、医者は、ふと思い当たって看病の者に言った。
「ものに襲われるときのことを考えるに、なんとなく物置部屋のほうから冷風が吹いてくる気がすると、必ず正気が乱れる。これはまさしく、妖怪に悩まされるのに相違ない。何か怪しいものはないか見てきてくれ。」
 そこで物置部屋を調べた。しかし、不審なものは見当たらない。古い仏壇があったので開けてみたが、仏像も位牌もなく空っぽだった。下段の物入れを開けると、いかにも古い木枕が一つあるのみだった。
 その枕を病人に見せると、
「おお、これこそ幾百年を経た古物と察せられる。間違いなくこいつが妖をなすのだ。」
 ただちに枕を打ち割って、薪を積み上げた炎に投じて焼いた。その臭いは屍を焼くのにことならなかった。
 病はたちまち癒えたそうだ。
あやしい古典文学 No.938