森春樹『蓬生談』巻之五「霊の活たる人を誘ふ事、並に横死の人の魂地に入る事」より

横死者の魂

 中国の『虞初新志』に、某家の女が鬼女に誘引されて首をくくろうとしたのを、たまたま侵入した泥棒が見つけて、自分の立場を忘れて女を救った話が載っている。鬼女は、昔その家で縊死した人の幽霊であった。
 首くくりに限らず、人が何らかの変死を遂げた場所では、家の内、あるいは井戸、あるいは川・池をとわず、その後も次々と人が死ぬものである。筆者の郷里にも、そんないわくつきの場所が幾つかある。

 また、筑前領内の出来事として、かつて聞いた話がある。
 近いころに首くくりの死人が出た家の者が、にわかに狐に憑かれた。その者を拘束して、なにしに来たのかと責め問うと、狐は、
「首をくくって死んだ人の魂を喰いに来たのだ」と。
 魂を食うとはどういう意味かと、さらに問い詰めるに、
「くびれ死んだ人の魂は、死骸の真下の土中に入る。それを掘って喰うのだ。われら狐は、この魂を食えば術を得ることがたやすくなり、そのうえ長寿にもなる。魂は、口に入れた最初は苦くて喰いにくいが、喉を下るやいなや、その旨さはたとえようのないものとなる。そんな喰わずにはおれない魂は、死んだ日の夜から二三日までは土中一尺ばかりにあり、十日を過ぎると一二尺の間にあり、二十日を過ぎれば二三尺の間まで下る。だんだん深くなるから早く掘りたいのに、床下に犬が寝ていて、寄りつきがたい。残念さのあまり、手近の者に憑いたのだ」と。
 この話を、秋月に旅したときに泊まった長生寺で語ったところ、和尚が付け加えて言った。
「この寺で召し使う里吉の父親は、先年、発狂してわが妻と八歳の娘を殺害しました。里吉は殿様の台所で使われていたので助かり、この寺の預かりとなったのです。一家が住んでいた屋敷は、昔から怪異があると言い伝えられていました。事件後、親族が打ち寄って乱心ゆえの凶行としてお上に届けたので、父親は親類に預けられ、屋敷はお上に召し上げられて取り壊されました。さらに、その土地にまた住もうとする人のために地面を掘って確かめようと、四五人が集まって掘り返すこと四尺あまり、ちょうど寝間の下に、怪しいものを見つけたのです。鶏卵の白身のような、また糊のようなものが、両手で掬うほどあったのを、掘り取って壺に収めました。壺は拙僧が命じられて墓所のかたわらに埋めたのですが、それこそ狐の好む魂だったのだそうです」
あやしい古典文学 No.940