本島知辰『月堂見聞集』巻之二十三より

京都の怪事

 享保十六年五月。
 頂妙寺門前通東の方の新地は、堕胎薬を売る家が多くある。ここに下旬ころから、化け物が出る。
 首だけの女が現れて人と顔を見合わせ、ふっと消える。また、小児を抱いた女の姿が障子に映る。あるいは、何ものかが屋根の上を走る。
 化け物が昼夜おかまいなしに出るというので、多数の野次馬が見物に詰めかけている。地元の者が『迷惑だから』と禁じても、いっこうに止まないが、見物に行って実際に化け物を見た人は、いまだ誰もいない。

 五月二十六日の暮れ時には、三条大橋の下から真っ黒な者が出た。
 大勢の人が追いかけると、その者は孫橋の下を通って東の方の茶屋の内へ駆け込んだ。内外から狩り出したが、ついに姿が消えて見つからなかった。
 上流に棲む河童が先ごろの洪水で流れてきたのだろうと、人々は話している。
あやしい古典文学 No.942