進藤寿伯『近世風聞・耳の垢』より

化け物出没

 明和二年五月上旬、大竹村の庄屋何某が、夕方四時ごろに書院の縁先に出て煙草を吸っていた。
 そのとき、ふと気配を感じて振り返ると、いつの間に来たのか、部屋の中に大きな男がいた。大縞の単(ひとえ)を尻の上までからげ、丸出しの見苦しい尻をこちらへ向けて、煙管をくわえて立っていた。
 短気な性分の庄屋は、かっとなって睨みつけた。
「いったい何者だ。家来の分際で旦那に尻を向けるとは不届き千万。おまえたちは一日精を出して働いた後だから、休息するのはもっともだが、書院に上がりこんでの無礼なふるまいは許さん。すぐに出て行かないなら斬り捨てるぞ」
 男は返答もせず、こちらへぬっと向き直った。その様子が、とてもただの人間とは思われない。
 『曲者めが』と脇差を抜きはなち、ただ一打ちにと走り寄れば、化け物は騒ぐ気色もなく、ただ大股ですたすたと逃げていく。
 息を切らせて追いかけたが、あと僅かまで迫っても手が届かず、化け物は庭の垣根を越すともなくすっと抜け出た。庄屋は垣根を越せず、『おのれ、残念』と言うばかりで、それきりになった。

 そうこうするうち夜になったので、庄屋はいつもの寝間に入った。
 化け物は夜中の二時ごろ、夕刻とは打って変わって巫女の姿で登場した。庄屋は、来ると予期して、布団の中で脇差を抜き、静かに身構えていた。
 巫女は、しゃんしゃん鈴を振り振り近づいてきた。機を逃さず横なぐりに脇差を振るえば、手ごたえあって、
「やった。化け物を仕留めた。だれか、灯を持ってこい」
 声に驚いて、家来が手燭をともして持ってきたが、寝間に何の形跡もない。その夜はそれ限りで、何事もなく明けた。
 次の夜、巫女は前夜に胴斬りにされたため、腹から下半分だけで歩いて来た。
 『こいつめ、こいつめ』と、庄屋はさんざんに斬りつける。しかし、火をともして見ると、天井板に切っ先が当たった跡があるばかりで、ほかには何もなかった。

 庄屋は、宮島の弥山(みせん)の供僧を招いて、祈祷してもらった。
 しかし、そのさなか、灯明の油が山のように盛り上がり、溢れこぼれた。さらに、僧たちの前にある鈴も独鈷(とっこ)も宙に上がり、天井に付くかと見えたとき、灯明がぱっと消えた。
 また灯明をともして祈祷を続けると、今度は袈裟も衣もいつの間にか脱がされ、互いに絡み合って天井へ上がる。さすがの僧たちも音を上げた。
 庄屋も、これではとても鎮まるまいと思って、祈祷は諦めた。

 その後は、化け物が出ても構わず捨て置くことにした。いろいろな怪事が起こったが、家内の人々に差し障りはなかった。
 最初のころ座敷に出ていた化け物は、後にはまだ日の高いころに台所に出たり、庭へ出たりなど、場所を定めず出没したが、いつとはなく出なくなったらしい。
 庄屋の言うには、
「真言を授かり、朝夕これを唱えたので、その徳によって出なくなった」と。
 それはどうだか分からないが、ほかに思い当たることもないそうだ。
あやしい古典文学 No.949