橘南谿『黄華堂医話』より

蠱毒

 中国の嶺南の地には、「蠱毒(こどく)」という呪法があって、民間で人を殺すのに広く用いられる。
 どうするのかというと、まず恨みに思う相手を招いて饗応する。次に、その者が食した魚肉あるいは羊・猪・鹿などの肉に対して呪文を唱えると、それらの肉はたちまち腹中にて生肉となる。さらに呪文を唱えれば、生肉は、魚の肉なら小さい魚となり、牛の肉なら小さい牛となって、胃腸をさんざんに咬み荒らす。
 その痛みはまったく堪えがたく、すぐに手当てをしないと、胃壁腸壁が破れ裂けて死に至る。体内の生き物は、人の死後、肉を食い破って外に出てくる。
 『嶺南衛生方』などの記事によれば、南宋の乾道五年、符昌言という雷州の高官が、蠱毒について吟味した。ためしに肉を大皿に入れ、呪者にまじなわせると、その肉はたちまち体毛を生じて活動したという。

 この毒にやられたときは、呪いをかけた人のところへ行って、多額の金銭を出し、哀れみを乞うて、赦されれば癒える。
 医書には、升麻(しょうま)を用いて毒を吐く方法とか、丹礬白礬・蚕退紙・破鼓皮・鶏冠血などを用いる種々の治療法が挙げてある。また、蠱毒を破る呪法もある。
 中国の南方には、蠱毒の治療について記した医書が甚だ多い。すべて、奇々怪々の記事である。
 日本では、「蠱毒」の名のあることを未だに聞かない。中国でも辺境にのみあって、中央にはないことらしい。
あやしい古典文学 No.953