森田盛昌『続咄随筆』上「山女」より

鼻の高い男が好き

 加賀の能美郡粟生を流れる手取川は、白山連峰の雪解け水に源を発する幅一里の大河で、時として風に乗じて氾濫する。そのたびに田地を損ない、作物を失うことはなはだしい。

 延享三年八月、河除奉行以下数十人が手取川へ赴き、破損した堤防などの修復工事を行った。
 工事中は仮小屋を建てて寝泊りしたが、ある夜の二時を過ぎたころ、戸外は冷え冷えした風が吹き通り、小雨が降って物凄いなか、山のほうから人が来る気配がした。
 小屋で寝ている者のうち、木ノ新保町の能登屋與兵衛は世話役で、小屋の入口に臥して、足音に目を覚ました。『何者だろう』と、菰簾(こもすだれ)を少し上げて見れば、身の丈は六尺ばかり、髪を振り乱し、腰に木の葉をまとっただけの裸の女であった。
 女はつかつかと小屋に入り、寝ている者を品定めするかのように見回した。そして、七番目に寝ていた若者を引っ掴んで小脇に挟むと、さっと外へ出ていった。與兵衛はあまりの恐ろしさに、布団をかぶって息を殺していた。
 やがて鶏の声が微かに聞こえて、夜明けが近いのを知った與兵衛は、大声をあげて皆を呼び起こし、見たことをありのままに話した。

 かの七番目の男は、割場村の二十七歳になる小者であった。みな手に手に熊手や棒を持って、近辺一里四方を捜索したが、結局行方は分からずじまいだった。
 女は、「山女」といわれるものだろうか。さらわれた若者は、とりわけ鼻が高かったそうだ。
あやしい古典文学 No.957