平尾魯遷『合浦奇談』巻之二「狢」より

むじな

 嘉永六年十一月、飯詰村の百姓四人が、同村の奥山で薪を伐り出していた。
 四人は山中の小屋に寝泊りしたが、ある日、宇三郎という者が、甥の婚儀があるからと、夕刻になって山を下りようとした。
 おりしも雪が激しく降ってきて、道の見分けもつかないほどだ。思いとどまるようにと仲間たちが言うのを、宇三郎は振り切って出立した。

 雪はいよいよ降りつのり、風は雪を巻いて吹きすさぶ。小屋に残った三人が心配しているころへ、突然、宇三郎が戻ってきた。
「前から雪が叩きつけて、とてもじゃないが進めない。しかたがないから引き返した」
「そりゃあ難儀だったな。今も噂していたところだ。さあ、こっちへ来て火に当たれ」
 皆があれこれといたわって、
「腹も減ったろう。まずは飯を食え」
「ああ、そうしよう」
 宇三郎は、塩肉などをむしりつつ普段に倍してよく食い、終わると炉辺にいざり寄って、仲間と火を囲んで語った。

 午後八時を回るころには二人が居眠りし、才次郎という者だけが鎌の柄を削りながら話し相手になっていたが、宇三郎が喋りながら下品に鼻を鳴らすのを、変に思った。さりげなく近寄って、木切れで彼の耳を突いてみたら、耳がぴくぴくと動いた。
 いよいよ怪しんで、わざと挑発して言い合いを始め、ついには腕ずくの喧嘩に持ち込んだ。その音に寝ていた二人も目を覚まし、あれこれ宥めている隙をねらって、才次郎は相手の脳天に強烈な一撃を加えた。
 宇三郎は、キャッと一声叫んで息絶えた。ほかの二人は驚いて、さまざまに介抱したが、体がしだいに冷たくなって、手の施しようがなかった。
「騒ぐことはない」と才次郎は言った。「宵のうちからこいつの挙動を見るに、怪しいことばかりだった。きっと狐だと見極めたから、わざと喧嘩を仕掛けて殺したのだ。夜が明けて日の光を受けたら、妖怪の正体を現すにちがいない」
 それで、死骸を朝まで打ち捨てておいて、東の空が明けると外へ担ぎ出し、二時間ほど朝日にさらした。しかし、何の変化もない。
 三人はうろたえ、困惑した。なかでも才次郎は、
「まさか、こんなこととは思わなかった。おれの一生の不覚だ。もはや助かる道はないから、逃げることにするよ。あとの始末をなにとぞ…」
と、涙ながらに頼んだ。ほかの二人も力を落とし、
「わしらだって、とてもこの罪は逃れられん。十分に申し開きすれば死刑は免れるかもしれないが、牢に入れられて苦難を受けるだろう。それよりは、わしらも一緒に逃げるとしよう」
 相談がまとまって、二人が急いで飯の用意にかかる一方で、才次郎は死骸を隠そうと、再度これをよく見たところ、何かの尻尾の先がわずかに出てきていた。喜んで二人を呼び、一緒に吟味するうち、次第に現れた正体は、まぎれもなく年を経た狢(むじな)であった。
 みな大いに安堵した。それまでの悲嘆から一転して元気百倍、その日は山仕事も休みにして、狢を料理して酒盛りを開き、賑やかに騒いだ。

 日が暮れ、やがて夜も更けてきたので、寝支度をして横になったとき、戸外で不審な物音がした。はっとして起きようとするところへ、外から呼びかける声。
「狢汁、さぞ旨かったであろうな。我はその狢の女房だ。仇を討ちに参上した」
 これを聞いて、三人の男は一斉に立ち上がった。
「畜生の分際で、たわごとをぬかしよる。おまえも汁の具にしてやろう」
 手に手にまさかりを引っ提げて外に躍り出ると、その威勢に臆したか、狢はたちまち逃走した。
 姿は消えたものの、雪上に足跡が残っていた。不敵者の才次郎は、足跡を辿って一里ばかりも追跡し、杉の木の空洞に身をすくめて震えている狢を発見して、まさかりで殴り殺した。

 女房の狢も、翌日、三人に食べられた。
 その夜、また小屋の外で声がして、
「よくも、あたいの爺ちゃん婆ちゃんを殺したな。覚えてろ。きっと仕返ししてやるからな」
 こう涙声で言うのには、さすがに憐れをもよおしたが、『こいつを生かしておけば、いつか祟りをなすだろう』と思い、夜が明けるのを待って退治に出かけた。
 三人はついに孫の狢も捕らえ、やはり狢汁にして食べ尽くした。
 その後は狢が来ることはなく、何の祟りもなかったそうだ。
あやしい古典文学 No.959