平尾魯遷『谷の響』三之巻「妖魅人を脳す」より

眠れぬ夜

 某という代官付役の人がいた。
 嘉永年間のあるとき、年貢取り立て業務のため、姥袋という村へ行って泊まったところ、夜遅くに座敷の縁側で男女の声がした。二人で際限なく語り合って、明け方近くになってやっと止んだ。
 某はたいそう迷惑した。日が昇ると、『若い者にありがちなこととはいえ、いくらなんでも長すぎる』と文句を言いながら起き出たが、その夜も、また男女が長々と語り合って、暁まで及んだ。

 次の日、某は姥袋村を立って赤石村に至り、役所に宿をとった。
 ここでも、また同じ男女の話が聞こえてきたので、『いったい何者だろう』と思って、耳を澄まして聞くと、男のほうは見知りの郷士の声であった。
 『けしからんやつだ』と立腹して、大声で名を呼んで叱った。しかし男は返事もせず、いっとき話し声が止んだが、まもなくまた元どおり話し始めた。
 某は心底うんざりした。声が耳についてとても眠れないので、役所の小使を起こして火を持たせ、いっしょに屋敷の隅々まで、話し声の男女を捜して歩いた。けれども、どこも森閑として人影などまったくない。
 しかたなく、また寝所に入って布団をかぶった。話し声はいちだんと喧しくなり、衣服が障子に擦り当たる音まで何度も聞こえ、やっと明け方になって止んだ。
 そんなことが五日続いて、少しも眠られなかった。某は顔色おとろえ、気分が悩乱して村に居たたまれず、ついに病気と称して弘前城下へ戻った。

 弘前に着くと、まず上司である工藤氏のもとへ行って、出来事の詳細を語った。工藤氏は、おそらく狐狸が化かすのであると説き、いろいろ慰め、力づけた。
 それから某は我が家へ帰り、二階に寝たのだが、またまた例の男女が、格子の外で終夜語り明かすのだった。
 堪え難い喧しさが十日あまり続いて、某は本当に病みつき、一時は食事も咽喉を通らないほどだった。その後、神に祈り仏に頼み、医薬に手を尽くして、二ヵ月ほどでようやく癒えたそうだ。
「……きっと狐狸の仕業にちがいないが、こうまで人を悩ますとは、憎いことこのうえない」と、工藤氏が語った話である。
あやしい古典文学 No.963