平尾魯遷『合浦奇談』巻之二「菌毒其二、其五」より

くさびら

 弘化年間の末のこと、与新田村の農夫 金之丞の家で、「なんとかシミズ」というきのこを食ったところ、家族五人、すなわち金之丞と母親、妻、弟、子の全員が、気が変になった。
 このきのこは、ごく普通に村人が食べるもので、どうしてそんなことになったのか分からない。とにかく、五人は夜中に突然起きだし、真っ裸で大道へ飛び出すと、村里の上から下まで二三百メートルの道を、こけつまろびつ駆け走った。ただし、金之丞の母親は老婆ゆえ、早々に体力尽きて路傍に倒れ伏した。
 残り四人が幾回となく道を往復する騒がしい音に、数人の村人が目を覚まし、外へ出て、金之丞家の狂態に胆をつぶした。
 ほおってはおけないから、皆で一人ずつ取り押さえて家に連れ込み、小鹿某という医者を呼んで薬湯を与えた。すると、しばらくして下痢嘔吐し、夢から醒めたように正気に戻った。
 しかし、激走した疲れで、十日ほど養生したとのことだ。

          ※

 嘉永元年、筆者の知人の津軽藩士 高瀬某は、役用で村々を巡って、ある日、中泉村に止宿した。
 ちょうどその日、村の農夫の一家が「土ガブリ」というきのこを食って、家族全員が苦しみ悶え、命も危ういほどの有様となった。高瀬はこれを憐れみ、持っていた備急丸を与えて飲ませたところ、しばらくしてゲボッと数百の小虫を吐き出した。
 それは一〜三センチほどの虫で、白く肥え太り、皮膚に細かな刻み目があった。ちょうど切蛆の頭と尾が細いやつのようで、人体にすむ寄生虫とはまた違った。
 苦しんでいた家族は、皆この虫を吐き出すと苦痛が治まり、回復していったという。

 ちなみに同じ嘉永元年、筆者は近所から「マエ茸」というきのこを貰った。
 たまたま実家に祝い事があって、家族全員がそちらへ出かけ、戻ってから貰ったマエ茸を見ると、すでに腐壊して数百の白い蛆を生じていた。一センチあまりの大きさの蛆が器に充満して、活発に蠢動していたのである。
 きのこは湿液の熟したものだから、虫に化生するのも不思議ではないが、程度があまりに甚だしい。これほどの腐気をもつものは食うべきでない。
あやしい古典文学 No.967