西田直養『筱舎漫筆』巻之九「血気少年狼にくひ殺る」より

血気少年

 京都千本通りの酒屋の子で、血気盛んな少年がいた。
 肝試しをかねて、夜分にただ一人で愛宕山に参ったが、山中で盗賊に遭い、丸裸にされて、道の傍らの木に縛りつけられた。
 大声で助けを呼んでも、ただ空しくこだまするばかり。夜が更けゆくままに、狼が人の臭いを嗅ぎつけて来て、足の指先から喰いはじめた。
 痛さ堪えがたく、声を限りにわめいても、狼は何とも思うわけがない。ふくらはぎから膝へと、むしゃむしゃ喰い上がった。
 はじめのころこそ、足で蹴ったりもしてみたが、まとわりついてしっかと牙を噛みとおすので、なすすべない。狼は、だんだんと伸び上って太腿まで喰った。
 泣き叫んでも応える人もなく、ついに少年は目玉を剥いて絶命した。
 狼は、口の届くかぎりは背伸びして喰ったが、身の丈が及ばなくなると、のそのそと奥谷さして去っていった。

 世の中には、あらぬ罪を犯して首を刎ねられたり、磔(はりつけ)、火あぶりなど種々の刑罰が行われるけれど、罪もなくてこのように足の爪先から喰われるとは、言いようもなく酷い運命である。
 朝、柴刈りの男が通りかかり、変わり果てた姿を見つけて、世間に話が広まった。それを我が見たかのごとく記したのは、少年の最期を思いやってのことだ。
 じつのところ、筆をとるのも気が進まないことであった。
あやしい古典文学 No.968