『雲萍雑志』巻之三より

行商老人

 伏見から土人形や土器などを荷って来て、京の町で売り歩く、七十歳くらいの老人があった。
 いつも商いに行く家で、庭先を借りて弁当を食っていると、その家の奉公人が大勢集まって、老人をからかった。
「じいさんよ。あんたのしょって歩く荷は、いかほどの値のものかね」
「ああ、みなで銀十五六匁ほどじゃな」
「京の町は人の行き交いが多い。いつ過ってぶつからないとも限らないが、じいさんが転んで荷がすべて割れてしまったら、どうするつもりかね」
「そんな過ちも、ないとは言えん。まあ、問屋の旦那にありのままを話したら、長年の付き合いだから、一荷くらいは貸しにしてくれる。それで商いを続けるさ」
「だが、それもまた過って割ってしまうかもしれんぞ。そうなったら、どうする」
「うん、いかに懇意の問屋でも、重ねての無心は言えんなあ。そのときは仕方ない。商いをやめて、おまえさんたちみたいに、どこぞの使用人にでもなるしかないじゃろうよ」
あやしい古典文学 No.972