平尾魯遷『谷の響』二之巻「蟇の妖魅」より

淫乱尼

 成田という人が炭焼きの奉行だったとき、炭の上納に来た三ツ目内村の男に、
「何か珍しい話はないか」
と暇にまかせて尋ねると、その者は、
「ございますとも。先ごろ、たいそう奇怪なものに遭いまして。…」
といって語りだした。

 その年の八月、男は仲間二人とともに山にこもって、炭を焼いていた。
 すると、ある夕暮れ、年のころ二十二三歳の美人の尼が来て、
「わたしは弘前の尼で、大鰐温泉で湯治する者ですが、今日は花を採ろうと山に入り、道に迷って帰れないまま日暮れになりました。女の身でこの山中を一人行くのは、あまりに恐ろしい。今夜一晩、泊めてください」
と頼んだ。
 三人とも二十代の若者だ。互いに顔を見合わせて心得顔で承知して、晩飯など食わせ、山道をさ迷った疲れをいたわった。
 やがて寝る時になると、三人の男はあらかじめそのつもりだったから、代わる代わる関係を迫った。尼は待ってましたとばかりに承知して、繰り返し交接した。

 そうして夜が過ぎ、朝日が昇ると、尼は起きて暇乞いした。
 握り飯を持たせ、途中まで送ってやり、その先の道も詳細に教えた。ところが、どうしたわけか夕暮れにまたやって来て、いかにも残念そうに言うのだった。
「また道に迷って里へ出られず、仕方なくもとの道を引き返してきました。どうか今夜も泊めてください」
 三人の男は喜んで、その夜も大いに淫事を繰り広げた。
 翌日も、翌々日も同じだった。

 すでに四晩にも及ぶと、さすがに一人が、
「これはおかしい。きっと狐狸の類にちがいない」
と言い出し、ほかの二人も、
「たしかに怪しいな」
と同意して、鉞(まさかり)・鉈(なた)などを研ぎ立てて、尼が来るのを待った。
 はたして夕暮れにやって来たので、いろいろ淫らなことを言いかけると、女も馴れ馴れしく笑い声を上げた。
 かねて謀ったとおり、二人が場を外し、残る一人が戯れかかるふりをして、鉈で肩先から胸にかけて二度・三度と斬りつけた。
 ギャッ! と叫んで逃げ出したから、急ぎ二人を呼んで血の痕を追っていったが、柴原にかかって見分けにくく、日も暮れたので、やむをえずその夜は探索を諦めた。

 翌朝早く、三人とも刃物を引っ提げ、血の痕を辿っていった。
 二里ほど行くと深い谷に下りた。樹木が鬱蒼と茂り、蔦葛が蔓延って足の踏み場もないなか、遠くから何ものかの呻吟する声がした。
「聞いたか。あいつだ」
 声の方角をうかがい見ると、断崖の下に直径二尺ほどの洞穴があって、その中へと鮮血の痕を引いている。穴に接近してすかし見るに、少し奥に何かいて、両眼が鏡のごとくぎらぎら光った。
 さすがに中に入ろうと言う者はない。鎌に縄をつけて投げつけた。
 手ごたえあって引き寄せると、洞穴が崩れんばかりに吠え猛って出てきたのは、身の丈三尺に余る大蝦蟇だった。
「うわぁ、こんなのと毎晩やったのか」
 恐るべき化け物だったが、重傷を負って弱り、満足に暴れ狂うことが出来ない。そこを皆で襲いかかって斬り殺し、とどめを刺して棄てた。

 山で起き臥しする者は、大きな蝦蟇を時おり見ることがあるが、ここまで巨大なのは、話にも聞いたことがなかったという。
あやしい古典文学 No.973