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村純清『奇事談』「野兎之妖」より |
闇夜の荒い息 |
木村惣太夫という者が、山の上新町に住んでいた。 「惣太夫どの、惣太夫どの」 ある夜、隣家の人が、しきりに呼ぶので、何事かと出てみた。 「たった今、お宅のまわりを、なにやら荒い息をつきながら何遍も廻るものがありました。お気づきですか。ゆうべも廻っていましたよ。なんでしょうか。気味が悪いです」 そこで惣太夫も戸外へ走り出て、あたりを見回したが、怪しいものは見当たらない。 それでも、また来るかもしれないと思って、垣に腰かけて待ち構えていると、案の定、裏の山のほうから、フハッ! フハッ! と息声をあげながら来るものがあった。そのものは、間近まで来ると、家を廻りはじめた。 惣太夫は、闇夜で形は分からないながら、声を追って走った。追われて露地の小藪にがさがさと逃げ込もうとするのを、さらに迫って、足に獣の毛が触れたので掴み伏せようとしたが、振り切って逃げてしまった。 灯をともして周囲を見ると、兎の尾の先とおぼしい一握りの毛が抜け落ちていた。 そのときは、ただ不思議なことだと思うばかりだった。 しかし、その四五日前、惣太夫は露地の奥の山との境にあった合歓(ねむ)の大木を伐採していた。ある人の話によれば、合歓は山林において、兎が好んで棲む木だそうだ。 とすれば、その木を伐ったのを兎が怨んで、呪いをかけようとしたのであろうか。 |
あやしい古典文学 No.977 |
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