村純清『奇事談』「亡者出棺」より

田楽を喰うもの

 金沢の西端に、宗徳寺という曹洞宗の寺院がある。
 何代前の住職のときのことか、貧乏な檀家で人が死んで、棺に納めた亡者を息子が寺に背負ってきた。
 折悪しく住職が法要で他出していたので、弟子僧が、
「お住持が戻ったら導師を務めますので、夜になってから葬りに来てください」
と言って、息子を帰した。
 亡者の棺は客殿に上げておいた。

 その後、弟子僧たちが庫裏へ入って、豆腐田楽を焼いて食べていたら、どこからか年老いた猫が近寄って、田楽を盗み喰った。「この野郎!」とばかり、さんざんに追い散らすと、猫は姿を消した。
 しばらくして、客殿から人が来る音がした。見れば、棺に納まっていた亡者が歩いて来るのだった。
 みなが驚き怖れて逃げ散ると、亡者は田楽を残らず喰って、また元どおり棺に納まった。

 住職が帰るとすぐ、ありのままを報告した。住職いわく、
「すべて猫のしわざだろうよ」
 そして亡者に引導を渡して、弟子を引き連れて火葬場へ行き、陀羅尼品を真読したところ、晴天がにわかに暗雲に覆われ、雷火がしきりにして、一つの黒雲が下った。
 亡者に覆いかかった雲を住職が数珠で殴りつけると、たちまち大きな老猫が現れて倒れ死に、元どおりの晴天となった。亡者にも異状はなかった。

 その数珠は今、寺の宝物となっていると、弟子僧が語った。
 遠い昔の話ではないらしいから、また寺で詳しく尋ねてみようと思う。
あやしい古典文学 No.978