桃山人『絵本百物語』巻三「赤ゑいの魚」より

赤エイの島

 安房国の野島ヶ崎というところに、又六、佐吉という二人の船頭がいた。
 ともに手練の船乗りだったので、海が荒れても大概は出帆したが、あるとき大船に乗って嵐に遭い、どことも知れず漂流して、乗り組みの二十六人のうち三人は波に呑まれて溺死した。
 残った二十三人は、かろうじて一つの島に漂着した。
「ここはいったい何処だろう」
 上陸して人家を探したが、人の影すらなく、ただ見慣れぬ草木が岩の上に茂って、その梢にはたくさんの藻屑がからんでいた。岩の隙間には穴があって、水が流れて魚が多く棲んでいるところもあった。
 二三里ほども行ったが、家もなく人もいない。水を求めても、あるのはみな塩水だったから、仕方なく引き返して船に乗り、沖に出たところで、島は海底に沈んでいった。
 いや、それは島ではなく、海面に浮かび出た大魚だったのである。

 赤エイという魚は、身の丈が三里をはるかに超える。背に砂がたまると、落とそうとして海上に浮かぶ。
 それを船人が島と見誤って船を寄せると、魚は水底に沈む。そのとき大波が巻き起こり、船は大破してしまう。
 大海では、よくあることである。
あやしい古典文学 No.984