『三州奇談』三ノ巻より、「梟怪」

堀麦水『三州奇談』三ノ巻「白山の梟怪」より

梟怪

　加賀一の宮である白山比咩（しらやまひめ）神社は、菊理媛尊（くくりひめのみこと）を祭って神代の昔から鎮座する社である。代々の加賀国主の尊崇厚く、それゆえ、目を見張るばかりの荘厳な社殿が甍を連ねている。
　ある年、例年どおりの国主の命で、榊原市郎左衛門・崎田市三郎の両人を奉行として、金沢城下から多数の大工が白山の神社へ修理に赴いた。
　大工たちは、昼は神社で造作を行うが、夜は里へ下って寝泊りする。その際、資材も大工道具もすべて現場に置いておくので、雑用の男が二人、夜警をつとめた。

　秋の夜更け、松風は物寂しく吹き過ぎ、峰々に猿の声が哀しくこだました。なかなか寝つけぬまま、警備の男たちが拝殿まで出て、なんとなく仰ぎ見れば、月はこうこうとして半天にかかり、松の古木が枝を交えて静まり返っている。
　粛々として心も澄みわたる樹上に、そのとき梟（ふくろう）が止まって、不気味な声で頻りに鳴いた。
　一人の男は生来軽率なたちで、梟の声にひと声、鳴きまねをして応じた。すると梟は梢をはなれて、近くの社殿の軒に下り、さらに頻りに鳴いた。男はこれを面白がって、重ねて鳴きまねをすると、梟は庭まで下りて鳴きたてた。
　そうして声を競ううち、むこうの峰からもこちらの梢からも続々と梟が飛び来り、社殿の玉垣にも階段にも欄干にも満ち満ちて、その数幾千羽とも知れない。ここにいたって男は大いに恐れたが、もうどうしていいか分からず、進退窮まった。
　もう一人の男が走って神主に告げた。神主いわく、
「時々そうした怪事があるのだ。もしも人が声争いに負けると、きっと命をとられると言い伝えている。よし、人を集めて助け出そう」
　急いで数人を呼び寄せ、おのおのが声を限りに喚き叫んだ。梟と張り合って刻々と時は過ぎ、ようやく夜明けの気配になると、怪鳥どもは散り散りに飛び去って、ほどなく暁の鐘を聞く頃には、一羽の姿も見えなかった。

　鳴き声に応えた人は、鳴き負ければ害されるという。これは梟が陰鳥だからなのか。
「山陰の地だから、こんな怪もあるのでしょうか」
と、奉行を務めた榊原市郎左衛門が語った話である。

あやしい古典文学 No.985

座敷浪人の壺蔵

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