神谷養勇軒『新著聞集』第六「信州駒が岳馬化して雲に入る」より

信州駒ケ岳

 寛文四年に、尾張藩の木曽路巡見が行われた。
 大目付佐藤半太夫、勘定方天野四郎兵衛、金役天野孫作、材木役都築弥兵衛、小目付真鍋茂太夫などの面々が、木曽案内の山村甚兵衛家来二名および土地の百姓とともに山に入った。
 駒ヶ岳の麓から道なき道を踏み分け踏み分け進んで、聳え立つ巖壁をやっとのことで蔦葛をよじて登ると、そこに巨大な葦毛の馬がすっくと立つのを見た。
 たてがみも尾も地面まで垂らし、眼光は鏡の如く輝いた。その形相の恐ろしさに、人々はみな身の毛の逆立つのをおぼえた。
 人影に気づいた馬は、峰の中央まで静かに登った。するとにわかに雲がおこり、馬を覆い隠して、そのまま姿を消した。
 馬の蹄の跡は、一尺以上もあったという。

 この駒ケ岳の東のほうには、馬の形をした大石がある。
 春になると、まずこの石から雪が消え始めるのだそうだ。
あやしい古典文学 No.986