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唐来参和『模文画今怪談』より |
大蛇に呑まれて |
肥前国の猟師が、獲物を求めて松浦山の奥に分け入ったとき、一天にわかに漆のごとく暗黒となり、山の頂に月日二つが並び輝くような光が現れた。 不思議に思ってよく見れば、光は大蛇の両眼で、真っ赤な舌を出して首を差し延べ、猟師を呑もうとするのだった。 あわてて逃げようとしたが、何の苦もなく一呑みに呑まれた。 大蛇の腹の中は、心臓がぎらぎら輝き照らして白昼のように明るく、暑いこと堪え難かった。 周りを見回すと、たくさんの屍があった。 最近呑まれてまだ肉はあるものの、腐れ爛れて人の形をなくしたものもあれば、形は残っているけれど手足が溶けてしまったものもある。 いまだ死なずにウゴウゴ蠢いている中に、少し前に呑まれたとおぼしい侍が念仏を唱えていたが、猟師を見ると、 「おぬしも呑まれたのか。とても助かる命ではないが、一刀を腰に差したのが幸いだ。せめて肉を斬り破って、腹中から出て死のうではないか」 と声をかけた。 「もっともだ。やりましょう」 二人がかりで力任せに突き刺し、抉ってやると、さしもの大蛇も痛さにのたうちまわった。大蛇が苦しさのあまりあちこちを走り回るのにも構わず、松の幹のような骨に取り付いて抉りに抉り、とうとう穴をあけた。 大蛇も侍も力尽きて死んだ。 猟師がようよう切り口から這い出てみると、なんと大海のど真ん中だった。途方にくれているところへ、運よく漁船が通りかかって救助された。 しかし、大蛇の毒気を受けて、頭は薬缶のようになり、目鼻も溶けて見分けがつかないのっぺらぼう。命ばかりは助かったというまでのことだった。 |
あやしい古典文学 No.999 |
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