浅井了意『新語園』巻之九「効導引而活 陳仲弓異聞録」より

亀に倣う

 張広定という人がいた。
 広定は、国の動乱で追われて墓地に隠れ、さらに遠くへ避難しようとしたが、まだ満足に歩けない女の幼児を連れており、その子を抱いて逃げ走ることはできそうになかった。かといって、ただ棄てて行くもあまりに悲しくつらい。
 広定は娘を籠に入れ、墓室の中に吊り下げた。もし自分が戻れなくて娘が死んでも、せめて骨はここに残るだろうと思ったのである。
 そうしておいて、泣く泣く遠方の地へと逃れ去った。

 三年後、やっと動乱がおさまった。
 帰ってきた広定が、娘を隠した墓室を覗き込むと、娘はいまだに生きていた。不思議さに驚きながらも、大いに喜んで籠から出し、わけをたずねると、
「食べ物がなくて、お腹がすいてたまらなかったとき、横を見ると、石みたいなものがいるの。それが首を出して息を吸ったり吐いたりするので、真似して息をしていたら、お腹がすいたのを忘れて、今まで生きられたのよ」
と言う。
 広定が墓室に入って見ると、娘のいう「石みたいなもの」とは、一匹の亀だった。
 すなわち、亀の呼吸に倣った「呼吸導引」こそは、長生の秘訣なのである。
あやしい古典文学 No.1009