中村乗高『事実証談』巻之五より

釘を打て

 ある修験者の家へ、近隣の女が密かに来て頼んだ。
「憎くて憎くてたまらない人がいます。わたしに代わって、この呪いの釘を打ってください」
 修験者は承諾せず、金釘を差し出す女を諌めたが、相手は引き下がらない。ひたすらに頼み込むので、仕方なく、
「それなら、ともかく預かっておこう」
と、釘を受け取って帰らせた。

 それから十日ばかり過ぎて、また女が来た。
「どうしてあの釘を打たないのですか。他人に深く包み隠してきたわが遺恨を、お頼みするためにすべて明かしたのに、空言だとお思いか」
 たいそう怨めしげに言うのを聞いて、修験者が密かに思うには、『ここまで思い入れた恨みつらみだと、いくら諭しても従わないだろう。釘を打つのを断れば、自分で打つにちがいない。この場はごまかして切り抜けるしかない』。そこで女に向かって、
「いやいや、あれほど思いつめて語ったことを、どうして空言と思うものか。あの後すぐ、そなたに代わって祈念して釘を打ったのだが、まるで効き目がないのかね」
と尋ねた。
 女はころりと騙されて、怒りをおさめて謝った。
「では、もう打ってくださったのか。あいつが相変わらずぴんぴんしているので、まだかと思って恨み言を申しました。お許しください」
 そこで修験者は、もっともらしい顔で説いて、女を帰した。
「うむ、すぐに効き目がなくても、偽りというわけではない。月日を経て効験があらわれることもある。気長にのんびり待つことだよ」

 以後は女が訪ねて来なかったので、修験者もそのことを忘れていた。
 あるとき、箱のようなものが入用で、手近の釘を打って作ったのだが、。それから四五日ばかり過ぎて、久方ぶりに女が来た。
「いつぞや密かにお頼みしましたとおりに、わたしに代わって釘を打っていただいたおかげで、思いのまま憎い仇がくたばりました」
 嬉しげに言うのを聞いて、修験者が驚きながら思い巡らすに、先だって大工仕事したときの釘の在り処が思い出された。
 『しまった。あの釘が、女の呪いの釘だったのか。わしが何気なく打つと同時に、憎む相手に祟って、思いがけず人を害してしまったのだ』。
 修験者は、後悔の気持ちを押し隠して、女にこう言うしかなかった。
「そうだろう、そうだろう。毎日祈念した効験があらわれて、わしも満足だ」と。

 修験者は、以後ずっとこの出来事を嘆き続けた。そして、はからずも誤って人を害した罪をなんとか償いたいという思いのあまり、ある僧に出来事の始終を懺悔した。
 この話は、修験者から聞いた僧が物語ったものである。
あやしい古典文学 No.1012