『榻鴫暁筆』第十三「清花怨室」より

オイこら、長老

 京都西洞院の恩徳院は、花山院殿の菩提寺だという。
 応仁の乱のさなか、花山院殿の奥方が亡くなったとき、戦さの隙をうかがうように、亡骸はひそかに恩徳院へ運ばれた。
 そのとき恩徳院は、弟子僧たちがあちこちへ避難してしまって、長老と下男しかいなかった。それで長老は、下男に弟子僧を呼びに行かせ、ひとりで経文を唱えた。
 しだいに夜になって、死骸を置いた上の天井がドタドタと鳴動し、しまいには天井板をバリッと踏み破る音がした。
 長老がなにごとかと見上げると、白練の被衣(かずき)をかぶった女が、被衣に余る長い髪を振り乱して天井から飛び降り、死人の周りに引き回した屏風の上に立って言った。
「オイこら、長老。喰うたろか」
 長老は恐ろしさで、たちまち気絶した。

 しばらくして弟子僧と下男が帰り、長老を介抱した。
 長老は息を吹き返して、起こった怪事のことを語り、さて、死人は? と見るに、何処へ行ったか、どうなったのか、姿がなかった。
 あまりの不思議さに、夜が明けてから天井裏を調べたが、夜分の怪の跡形もない。ただ、どういうわけか、桶に入った古い骸骨が見つかった。
 それは花山院殿の先の奥方の骨だったという。このたび亡くなった奥方は、先の奥方が存命のときは、側妾だったとか。
 さては、怪事は先の奥方の怨念の仕業なのか。いや、たしかなことは分からない。
あやしい古典文学 No.1042