『片仮名本・因果物語』中「大河ヲ覚ヘズ走ル事」より

大河を走る

 奥州会津の吉村清兵衛という武士は、藩主 蒲生忠郷公急死の報に驚いて若松城へ駆けつけ、途中、城下の河を無意識のうちに走り渡った。
 帰りに舟で河を越えたとき、はじめて自分が水面を走ったことに気づいた。
 これは、又左衛門という人が語った話である。

 酒井何某殿の秘蔵の鷹が、鷹匠の一瞬の隙に逃げてしまった。
 鷹匠が、あっと思って見回すと、はるか向こうの森に鷹の姿があったから、そこまで一直線に走った。
 鷹を自分の拳に止まらせ、ほっとして引き返そうとしたら、大河があって越えられない。二里ほど回り道をして、渡し舟に乗って帰った。
 これは、仲間の鷹匠たちがみな知っている話で、大河は利根川だった。
あやしい古典文学 No.1064