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横井希純『阿州奇事雑話』巻之二「牛打坊」より |
牛打坊 |
二三十年も以前であろうか。阿波国板野郡下分の村々で、牛馬などが頻々と死ぬことがあった。 はじめは訳が分からず、ただ不思議に思っていたが、ある老人が、 「牛打坊という獣がいて、夜更けに厩や牛小屋に入り込む。この獣に少しでも傷をつけられれば、牛馬はたちまち死ぬ。また、牛打坊がじっと見ただけで、牛馬が病んで死んでしまうこともある。気をつけないといけない」 と教えたので、それからは厩や牛小屋に番人をつけた。 すると、その牛打坊と思われる獣が、牛小屋を窺っていた。黒っぽい狸みたいなやつだった。大勢で取り囲んだけれども、じつに動きが敏捷で、結局見失ってしまった。 牛馬にとって天敵ともいうべきもので、その後も折々被害があった。しかし、いまだ牛打坊を捕獲できないので、その正体もはっきりしないそうだ。 また、その昔、三好郡の山辺で、元気な牛を飼っていたが、夜に牛小屋に繋いだのに、朝起きて行ったら繋いだ綱が食い切られて、牛はいなかった。 牛の持ち主は、下人と共にあちこちを捜し歩いた。山に登ってみると、山犬が一匹、突き殺されていた。この手がかりに力を得て、さらに山奥へ入り込んだところ、牛が角で山犬を突き、道端の崖へ強く押しつけているのに出くわした。 持ち主は喜んで、 「よくやった。山犬をやっつけたな」 と声をかけると、牛もほっとしたのか、突いた角を抜き、頭を挙げた。そして、そのまま倒れて死んだ。 命がけの戦いで、一心に角突いていたところに、探しに来てくれた人の声を聞いて、喜んで気が緩み、全身の力が抜けて死んだのだろう。 |
あやしい古典文学 No.1065 |
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