森春樹『蓬生談』巻之一「人魚の小なる物、杵築の漁人得たる事」より

小さい人魚

 豊後杵築の人、工藤惟策老人が語った。

「人魚というものは、めったに見られないとはいえ、実際にいる。杵築の猟師の網にかかったのを、わしは手に入れた。
 体長五十センチほど、腹から上に人の頭と両手がある。頭には毛髪が生え、目・口・鼻・耳とも備わっている。手は鰭のあるべき所にあって、親指だけが離れ、他の四本は連なって離れない形ばかりの指だ。背鰭、鱗、尾などはふつうの魚とまったく同じで、色は碧く、黒味を帯びて、腹は少し白かった。干物にして保存したが、しばらくすると虫が食って朽ちてしまった。
 この人魚が長生して大きくなったら、いずれは人語も解するようになるのだろう」
あやしい古典文学 No.1073