古賀侗庵『今斉諧』巻之二「商家児報冤」より

もち禁止

 相模国小田原の伊谷宇右衛門の家では、昔から正月の餅を搗くことを禁じている。もちろん、餅を食うのもだめだ。普通の餅だけでなく、蕎麦湯餅の類を口にしてもいけない。
 あえて餅を搗くと、それは必ず血に化すという言い伝えがあるそうだ。
 また、伊谷家で生まれる子のうち、少なくとも一人は頭髪がない。代々必ずそうで、宇右衛門の場合、二人の子が禿頭である。

 上州高崎侯の家臣にも伊谷氏があって、宇右衛門の家と先祖を同じくする。その家でも餅搗きを禁じ、無髪の子供が生まれる。
 わけは、こうだ。
 昔、伊谷氏の先祖が、家人に正月の餅を搗くよう命じた。ある商人が子供を連れて手伝いに来たが、その子が臼の中に手を突っ込んで餅を取り、食べようとした。主人は大いに怒り、子供を臼に投じて搗き砕いた。
 その祟りが、今に及んでいるらしい。
あやしい古典文学 No.1075