『西播怪談実記』巻四「出合村孫次郎死し不思議の事」より

孫次郎怪死

 播磨国揖東郡の出合村に、孫次郎という、京都や大阪へ通って小間物を商う四十歳くらいの男がいた。
 享保年間半ばの某年五月十七日、孫次郎は近所を回り、
「明後日の十九日に上方へ上りますので、ついでの用があれば何なりとお申し付けを」
などと言って帰った。このときは、特に変わった様子はなかった。

 ところが、翌十八日未明のこと。
 孫次郎は隣家へ行って戸を叩き、出てきた亭主に、切羽詰まった形相で頼んだ。
「わしを今日、連れに来るものがおるのです。恐ろしくて居ても立ってもおられない。どうにかして匿ってくだされ」
 亭主は驚いたが、一時の乱心と思い、
「わかった、わかった。後ほどまた来られよ」
と言って追い返した。

 孫次郎は我が家に帰ると、鎌を腰に差し、二階へ上がった。
 妻子が不審に思って後から上がってみると、格子窓を切り破って外を覗いていた。
「何事ですか」
と訊くと、
「今日、わしを連れに来るものがある。そいつがどっちから来るか、見張っているのだ」
と応えた。

 しばらくすると階下へ下り、またもや隣へ行って頼んだ。
「早く、早く匿ってくだされ」
 亭主は、今度は追い返すこともできず、
「そうか。では、ここへ入るがよい」
と戸棚を開けてやると、這い込んで片隅に小さくなった。しかし、すぐに出てきて言うのだった。
「戸棚の中でも、身の毛がよだって、じっとしていられない。櫃(ひつ)に入れて、その上に座っていてもらいたい」
 それではと、櫃を取り出して入らせた。大人の男が収まるとは思えない大きさだったが、小さく屈まると入ってしまったのは不思議だった。
 ちょうどそこへ孫次郎の妻子が連れに来たので、櫃ごと下男に担がせて送り返した。

 孫次郎の家では、妻子が櫃の上に座って番を続けた。
 やがて午後二時を下るころ、櫃の中からキャッという声がして、驚いて蓋を取ってみると、孫次郎は黒血を吐いて死んでいた。
 妻子の泣き悲しむ声に、近所の者も駆けつけた。孫次郎はたしかに死んでいたが、外傷はまったく見られなかった。
 葬送は翌日で、何の障りもなく野辺の煙となったという。

 この孫次郎は、ふだんから親不孝者で、そのうえ腕力にものをいわせて人に恥辱を与えることがたびたびあり、村内はもちろん、近郷からも憎まれていた。ほかにも悪行をはたらいていたかもしれない。そして、ついにこのような怪死を遂げた。
 この話を聞く者は、みな身を慎まずにはいられないだろう。
あやしい古典文学 No.1078