古賀侗庵『今斉諧』巻之二「女子夢舐磔死人」より

舐める女

 佐賀に一人の重罪人があって、「市中引き回しのうえ磔」と刑が決した。
 引き回しの罪人は後ろ手に縛られ、顔を晒して長瀬町を通り、その辺りの商家の娘が通りに出て、これをつくづくと見た。

 同日の夜半、長瀬町を歩いていた男が、一軒の商家から娘がすばやく出て歩み去るのを見た。男は、『か弱い身で独り夜道を行くのは、情人と密会でもするのか』と疑って、後を尾けていった。
 やがて娘は、処刑のあった場所に至って、たちまち磔柱によじ登り、舌で死人の全身を舐めた。
 久しく舐め回してから柱を下りて、もと来た道を引き返した。尾けてきた男はますます怪しく思い、道の傍らに隠れて娘をやり過ごして、またあとを尾けた。
 娘は商家に戻った。壁に耳を当てて中の様子を伺うと、寝間で寝ていた娘が夢魔に襲われたらしく、にわかに大声をあげた。人を呼んで水を求め、
「怖い夢を見たわ。夢で磔のところへ行って、死骸を舌で舐めたの。思い出しても、汚くて死にそう」
と話した。
 そこで、男は家に入り、自分が見たことをすべて語った。家人が驚いたのは言うまでもない。

 商家の娘は、そのまま重い病気になり、医者の療治もすべて効なく、死んでしまった。
あやしい古典文学 No.1080