津村淙庵『譚海』巻之七より

あの島へ帰りたい

 不都合な口論をしてお咎めを受け、遠島に処せられた御家人がいた。
 十九歳から三十年間、伊豆の新島にあって、島の名主の田を耕していたが、赦免によって江戸へ召し返された。

 戻ってみれば、親類もほとんど死に絶え、わずかに一人残っていた伯父に引き渡されたが、その伯父もほどなく病死し、身を寄せるところがなくなった。
 若年より島暮らしで、耕作するほかに生きるすべを持たず、江戸でどう世渡りすればよいのか見当もつかない。途方に暮れているとき、伊豆からの船に新島の名主も乗ってきたとの話を聞いた。
 御家人は名主に会いに行って、島へ帰りたいと願い出た。名主も、ずっと律儀に働いてくれた男だから連れ帰ってやりたいと思った。
 名主が内々に願いの趣を問い合わせてみると、
「いったん召し返された者を、願いによって再度島へ行かせる場合は、まず入牢を仰せ付けられ、ほかに遠島の罪人があったとき一緒に送られる」
という決まりがあるとのこと。
 しかし、遠島の罪人が出るのはいつのことか分からず、それまで入牢して待つのもいかがなものかと思われる。それゆえ、島行きの御願いを出すのは気が進まないが、かといってほかによい手段もなく、大いに困惑しているそうだ。
あやしい古典文学 No.1081