古賀侗庵『今斉諧』巻之三「狸窃胞衣」より

胞衣を盗むもの

 丸亀の吉田畿は、かつて旅して備後神辺の地を通った際、一軒の薬屋で休み、店の主人から珍しい話を聞いた。

 その店では、家の女が子を産むと、胞衣(えな)を器に収めて保管するのだが、その器がいつも盗まれた。何ものの仕業とも知れなかった。
 店には、中が暗くて陰気なため使われなくなった駕籠が一挺あった。縄できつく縛って梁に吊るされたままで、中を確かめる者はなかったが、あるとき駕籠の底に小さな穴があるのを家人が見つけて、面白半分に穴を塞いだ。
 その後、大風が吹いて、庭じゅうの松の木が大風に吹き倒され、家の屋根や壁も押し潰された。修理工事のため、例の駕籠の縄を解いて下へ降ろして見ると、中で二匹の狸が、折り重なって死んでいた。
 狸の死骸の傍らに、たくさんの胞衣の器があった。
あやしい古典文学 No.1084