横井希純『阿州奇事雑話』巻之二「神宅井火」より

井戸掘りの怪

 阿波国板野郡神宅村の、山近いところの民家が、水の不足を解消しようと、新たに井戸を掘った。
 土地が高く、地下水脈が遠い場所だからか、十五メートルも掘ったのに、水の出る気配がない。井戸を掘る人夫の親方が、井戸穴から出て言うことには、
「これほど掘っても水が出ないのは、わけがある。穴の底に石がある。その石を掘り取ったら、多分よい水が出るはず。もう少し費用はかかるけれども、ここまで掘ってやめる手はない」と。
 皆が同意したので、親方は腰に長い細引縄をつけて吊り下がり、二時間あまりも底の石を掘っていたが、どうしたことか、井戸穴の中で大砲のような音がして、黒煙が立ち上った。
 地上の人々は大いに驚いた。細引縄を引いて親方を引き上げてみると、全身黒く焦げすすけて死んでいた。親方は水を求めて、かえって火を得たのである。
 こんな事故があったので、井戸穴は埋められてしまった。

 その隣村の鍛冶屋原村では、中屋という商人の家の鶏が、昼日中、天に昇った。あれよあれよというまに、小さい虫ほどになって、見えなくなった。
 これは、公儀へも届け出た出来事である。また、同じころ、那賀郡大京原村でも、鶏の昇天があったそうだ。
あやしい古典文学 No.1085