速水春暁斎『絵本小夜時雨』より

庭の穴

 渋谷徳右衛門という東国の侍が、古屋敷を拝領して住んだ。
 その庭にたびたび、華やかに装った女が忽然と現れて、楽しそうに花を眺めた。人々は怪しんで、そのつど女を追い払った。

 庭には大きな古木があった。
 それを切り倒し、根を掘り起こしたところ、下に深い横穴があった。
 徳右衛門の弟の徳之丞が穴を覗き込むと、中には齢百に余る老人と、十六くらいの美女が居た。
 女は徳之丞の手をとって、愛らしく戯れかかった。徳之丞は恋心に我を忘れて、ふらふらと穴に入り込んだ。
 人々は驚いて穴を掘り崩したが、三メートルあまり下に数百年を経たとおぼしい一揃いの白骨があって、徳之丞の行方はついに知れなかった。
あやしい古典文学 No.1089