浅井了意『新語園』巻之八「蒼獺化形 上道西蕃記」より

青衣の女

 むかし、吏丁初(りていそ)という人が長塘湖(ちょうとうこ)の堤防の道を歩いていると、青い衣を着て青い傘をさした者が、後ろから変な声で呼びかけた。
「モシモシ、ソコノアナタ…」
 吏丁初はその声を聞いて、ぞっと身の毛がよだった。『きっと化け物にちがいない』と思って、足早に走り去り、だいぶ遠ざかってから振り返ってよく見たら、意外にも綺麗な顔の女だった。

 やがて女は、みずから湖水に入っていった。
 ギョエッ! ギョエッ! と声高く叫ぶと、青い衣も青い傘も飛び散って、大カワウソとなった。衣と傘は、すべて蓮の葉だった。
 長塘湖は魚が多いので、このようにして、カワウソが魚を獲りに来るそうだ。
あやしい古典文学 No.1095