古賀侗庵『今斉諧』補遺「蝦蟇吐涎作火」より

蝦蟇の涎

 筆者の友人の浦井伝蔵は、あるとき友人たちと淀橋の地で、夜の庭の風情を楽しむ集まりをもった。
 いまだ夕刻の時分、皆は、庭草の間に一匹の巨大な蝦蟇がいて、さかんに涎を吐いているのを見た。
 「あれは、食あたりで吐いているんだぜ」などと冗談を言いあっているうちも、蝦蟇は涎を吐き続け、それはだんだん一塊の毬のようになって、あたりが暗くなるにつれ、徐々に光を放った。

 すっかり夜になったときには、蝦蟇の姿はなく、涎の塊ばかりが爛々と火のごとくに見えた。
 さらに涎の塊は、わずかに宙に跳ね上がった。五六寸地を離れて、たちまち落ちた。それを繰り返しながら、次第に高く跳ぶようになった。三四尺上がって落ち、五六尺上がって……、ついに空中を飛んだ。
 みんなで捕らえようとしたが、隣家の敷地のほうへ飛び去った。その後の行き先は知れない。
あやしい古典文学 No.1098